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毎晩のように違うバンド、それも十分トップクラスといえるもののライブ出演が彼のスケジュールを埋め尽くしているところを見ると、Jamie
Mosesは今日のセッションミュージシャンの高失業率の責めを負うべき人物かもしれない。
彼はSlashやPaul McCartneyと共演したこともある。Pretenders,
The Hollies, Boomtown Ratsと仕事をし、"Tommy"(ミュージカル)ではエネルギッシュなギター演奏を披露し、いちばん最近ではBrian
Mayのファーストツアーにも参加した。その上さらに、スターの集まりであるSAS
Bandのレギュラーメンバーであり、Los
Pacaminosのフロントマンであり、パプバンドのWorld
Famous Red Soxのリーダーでもある。Jamie
Mosesがプロミュージシャンとして雇われる世界に足を踏み入れたのは、70年代の彼自身のバンドMerlinから始まっていた。
「あのときはMadrigalというバンド名だったんだ」Jamieは言った。「でも73年にバンド名を変えたんだ。それから、ポップバンドが欲しいと思っていたRoger
Greenawayがやっているプロダクションと契約したんだ。CBSレーベルでアルバムを1枚リリースし、当時ナンバーワンだったDavid
Essexのサポートでツアーもしたんだから、僕達にとってはすごいことだったよ。バンドはすごく順調で、Greenawayも将来を約束してくれた。でもツアーが終わったら彼は給料を払ってくれなくなった。僕達は彼にどうしたらいいのか訊いた。そしたら彼は、やめた、どうでもいいね、と言ったんだ。それでおしまいさ。」
昔の友人がBoomtown Ratsとの2年半に及ぶツアーへの道を開くまでは、Olivia
Newton-JohnなどのスターたちとのセッションがJamieの日課となっていた。
「George MichaelやDuran DuranのサックスプレーヤーをしていたAndy
HamiltonとSpike Edney(Queenのキーボードプレーヤー)はかつて、僕がMerlinにいたのと同じ時期にSmiling
Hardというバンドにいてね、みんな仲間だったんだ。もう15年ぐらい連絡がなかったけど、ある日突然だしぬけにAndyから電話があって、Geldofのためにいくつかプロモーションとビデオをやってくれないか?って言うんだ。彼はSpikeと一緒にRatsのホーンセクションをやっていて、一緒にツアーするギタリストを捜していたんだ。Spikeが僕を推薦して、僕はオーディションを受けたんだ。彼らは僕のことをクズだって言ったけど、ともかく僕を使うことにしたのさ。」
Geldofとのつながりは、その後、もっと大きなことへと導いてくれた。だがその前に、JamieはこんどはBroken
Englishとしてヒットチャートで一発当てていた。
「あれはほんとに楽しかったよ。僕達は何曲かヒットを出したんだ。"Coming
On Strong"という曲を匿名のホワイトレーベルで発表したら、DJ達がストーンズみたいだと思ったらしくて、多いに注目を浴びてね。たしか18位かそれくらいまでいったんだよ、だから悪くなかったね。」
「その後、実は1年半ぐらいPretendersにいたんだ。あれはおかしな経験だったよ。僕達はなにひとつライブもレコーディングもしなかったのに、リハーサルだけはいやというほどやらされたんだ。いくつかのビデオとたくさんのTV出演もやったけどね。僕が思うにChrissieはただ忙しくしていたかっただけなんじゃないかな。」
TownshendのWest Endミュージカル作品"Tommy"に時間を費やしたあと、再び友人を介して、今度はBrian
May Bandの一員として知名度の高いリズムギターの仕事を得た。
「結局はSpikeも、Queenのツアーに参加するためにRatsをやめていたんだ。その後Brianのソロバンドに加わったのさ。Brianのバンドのバックボーカルには、もともとはChris
Thompsonがいたんだ。でも彼は自分自身の仕事がしたかったんだ。ギタリストに関しては何があったのか知らないけど、ともかくSpikeは僕をその両方の仕事に推薦したんだ。」
「Brianは長年僕が心酔している人物だったんだ。実のところMerlineにいた頃からのね。むかしMelody
Maker紙が、MerlinとQueenを並べて取り上げたことがあってね、「ポップマーケットにおける過剰な宣伝」とか何とか言う記事だったよ。QueenはEMIのバンドで、MerlinはCBSだった。それで、両方のバンドには大金が注ぎ込まれていて、どちらも同じ種類のマーケットを狙っている、なんて書かれていた。明かに一方のバンドの方が、もう一方よりは成功したけどね! Brianの最初のツアーのリハーサルが始まった時、僕はBrianに見せるためにこの記事を持っていったんだ。そしたら彼は口をあんぐりさ。彼は、Merlinって覚えてるよ! 君、あのバンドにいたのかい?って言ってから、あの、知ってるだろ、お得意の「Uuuummmmmm」ってのをやって眉毛を吊り上げたのさ。すごく面白かったよ!」
そのツアーではバンドは世界中をまわった。大抵はヘッドライナーとして、でも時々はGuns
N' Rosesのサポートとして。移動に関する手配に至った時、スーパースター達が一緒で何か問題はあった?
いや、ぜんぜん。でも一度あるかな。彼らがBrianにそうさせたんだ。彼らは、おれたちの飛行機(Gunsのプライベートジェット)に来いよ、ってBrianだけを誘ったんだ。それで、彼が僕らにこう言ったのを覚えてるよ、「構わないだろ? きみたち」ってね。僕は、くそっ、これはあんたの仕事なんだ。あんたのしたいようにするさ!って思った。2回目に彼らの飛行機に乗った時はBrianは僕達も連れていったんだ。あれはほんとに大した飛行機だったよ。離陸している最中に通路をウロウロするとか、すべてにおいて普通の航空会社のマナーがGuns
N' Rosesの飛行機には当てはまらないのさ。でも彼らは飛行機の後ろに、自分達の子供のために託児所を作ってあるんだ。まったく信じられないね。彼らはほんとに贅沢に旅してるよ。」
「僕達は、ライブのオープニングを飾るのは難しいだろうと心配していたんだ。だってファンはガンズを見たがっているんだろ。それにアメリカではQueenは確かに大物だけど、すべての人がメンバーの名前まで知っているほどの存在でもなかった。Freddieは別だけどね。だから、最初僕らのことを「Brian
May!」とアナウンスで紹介された時には、観客はみんな「誰それ?」ってかんじだった。でもBrianが、僕はかつてQueenっていうちっぽけなバンドでプレイしていたんだ、と言った途端、みんな「ウォアアァァァァァッッーー!!」ってかんじになって、その瞬間からはすべてがすばらしくなったよ。でも、僕らは信じがたいほど上手い具合に納めたよ、誰のためにオープニングをやっているのかということを考えてね。」
リズムギタープレーヤーであったにもかかわらず、Jamieはかなりの量のソロパートをBrianと分け合っていた。
「ああ、ツアーが進むにつれてその量は増えていったかんじだよ。それも時々は突然になんだ。例えば"Tie
Your Mother Down"かなんかをやってるとするだろ、すると突然Brianが僕に向かってうなずくんだ。それで僕はステージの張り出しに猛然と飛び出して行かなきゃいけなくなるんだ。くそっ、いったいどうするつもりなんだ?なんて思いながらね。そんな時は、悪いけど僕は観客に対してプレイしているんじゃないんだ。僕の意識の裏ではBrian
Mayがそこに立っていて僕を見つめているんだ。ちょっとどぎまぎするような状況さ。」
ちょうど、BrianのRed Specialギターをプレイする時のような、畏敬の念を感じさせる。
「ああ。時々、彼がサウンドチェックに来ないときなんかは、僕が代わりにサウンドチェックをしなきゃいけないんだ。あれは信じがたいギターなんだよ。彼のストリングゲージは髪の毛みたいに細くてすごく弱いんだ。もし君が同じようにしても、ちゃんと音が出せると思わないほうがいい。彼はステージじゃすごく激しいだろ。だから、僕はただボリュームコントロールを押して「Brianのギターをくれよ」って言うんだ。それから3インチ左に移動してすべてのステージをプレイするわけさ。素晴らしい、美しい音よ、永遠に響け。」
「僕は緑のギルド製のコピーを持っているんだ。Brianがくれたんだけど、素晴らしいギターだよ。でも知ってるだろ、彼の音は半分は彼のセットアップによるものなんだ。Voxといくつかの小さいPete
Cornishのアンプさ。だからたとえ僕のギターで彼のとよく似た音を出せたとしても、彼の装置一式とまったく同じものを作らなきゃ、まったく同じ音にはなりえないんだ。」
「僕が普通使うのは頼りになる紫のBladeギターさ。それとイカした"Silverstreak"も持ってる。これは後ろにhumbuckerとそれからシングルコイルが2つ付いてるんだ。これはいちばん目立つ姿のギターでね、銀クロムのスクラッチボードと銀のピックアップカバーがついてて、ビットも全部クロムなんだ。それから、ギター全体に銀のスプレーを吹きかけ、それを紙やすりで磨き落として銀を木目の間にしか残していないというすごいことがしてあるんだ。トップの表面には黒のシースルーの日輪がついてる。僕の紫のギターのほうはひどくこき使われてるよ、でも僕はそういうかんじの方が好きなんだ。僕はギターの裏側にフレットモニターと一致するようにストライプを貼っているんだ。もしそれがダークカラーのネックだとしたら、12番目のフレットだけを違う色にして後は白にしてる。これは僕の持論なんだけど、古臭いとよんでいいよ、ギターを見下ろしたとき目に入るのはネックの前側じゃなくて後ろ側だろ、だからたとえ暗くなったステージにいても、それで自分がどこに指をやっているのかすぐに分かるんだ。ほとんどのギターにそれをやってあるよ。トラ縞が効果的だね。ファンキーだ。」
「Brianと一緒の時のセットアップに関しては、僕も2つのAC30を使っていた。それといくつかのHi-Watt100と4つの4x12キャビネット。実はそれらはMarshallの4x12なんだけど、クルーが全部Voxの表面で覆っちゃったんだ。僕達はVoxに4x12をもう4個くれないか頼んだんだけど、彼らは僕らはもう十分な数を持ってると言ってくれなかったんだ。それでMarshallに話を持ちかけたら、あげることはできないけど手ごろな値段でなら売ると言ったんだ。最終的には僕達はそのMarshallを買ったんだけど、Marshallを使っていると宣伝するつもりはなかったんだ。それで、僕らは何もしてくれなかったVoxでそれらを覆ったのさ。だってVoxからは何も買わされてないんだからね!」
「僕の普通のセットアップは、大事にしている古いFender75Sをいくつか使ってるよ。すごいレアものなんだよ。FenderがBoogieにやったことにすごく近いものなんだ。実際デザインはBoogieを手がけたPaul
Riveraによるものなんだ。1980年に1年間だけ製造されたんだよ。素晴らしい音がするんだ。美しくて温かみがあるなめらかな音さ。」
「それから僕は、MESA/Boogie V Twinペダルを手に入れるまではいっぱい機材が詰まったラックも持ってたんだ。これはすごいペダルでね、大量の音を流し込んで素晴らしい音でアンプに響かせるんだ。それから、SE70
Bossと古いSD1000ディレイ、Boss
Graphic、Multiverbとチューナーを入れたラックを持ってる。V
Twinと一緒に、小さいペダルボードも手に入れた。小さいBossのコーラスペダルとチューナーペダル、それと小さいアナログディレイがついてる。これはギターにもっとパワーと個性を与えてくれるんだ。」
Brianと一緒の時、Jamieはカントリー調の"Let
Your Heart Rule Your Head"でリードギターを弾いている。Mr.
Mayはもしかしてこういうのが得意じゃなかった?
「うーん、僕が彼より勝っているところなんてひとつもないよ。でももしかしたら僕のほうがこういうのは弾きなれてるのかもしれないね。アメリカ空軍基地で育った身だから、Airmen's
Club(空軍兵用のクラブ)やOfficers' Club(士官兵のクラブ)、MCO
Club(master chief officer=上級兵曹のクラブ)なんかが同じ基地内にあって、かつてはそういう所でプレイしていたんだ。Officers'
Clubではカントリーを、Airmen's Clubではソウルを、MCO
ClubではHendrix、Creedence Clearwater、Sly
And The Family Stoneなんかを、それぞれやるように要求されるんだ。すべてを納得のいくようにやらなきゃいけないのさ。」
こういったカントリーの基盤は、彼にもっとも新しい仕事で役に立つ機会を与えてくれた。売出し中のカントリー&ウエスタンのスター、Deana
Carterのバックの仕事だ。
「実際、彼女は、訛ってるとはいえ、最終的にはカントリーで有名になりたいと言っていたよ。僕は彼女があの訛りを抜くのはちょっと難しいかもしれないと思うけどね。でも、彼女はナッシュビル出身で、彼女の父親はFred
Carter Juniorなんだよ。長年やってるナッシュビルのセッションギタリストで、ElvisやDylan、Simon
and Garfunkel、Waylon Jennings、Wullie Nelsonなんかとも一緒にやっていた人物さ。彼らはみんな彼女の父親の仲間で、彼女のことを小さい頃から知っているんだ。ある時彼女がこう言った「あら、私いくつか曲を書き上げたのよ、みんな聴きたいでしょ。」 アンクルWillieはそれを聴いて、君はFarm
Aidのオーディションに合格だよ、って言った。それで彼女はFarm Aidのポスターのただ一人の女性になったのさ。」
Brian Mayのツアーは終わってしまったけど、Jamieと仲間達はまだ一緒に過ごしている。たいていはSAS
Bandとして。
「ああ、僕達は結婚式、葬式、なんでもやるよ!」と彼は笑った。「バンドメンバーは基本的にはBrian抜きのBrian
May Bandさ。Neil MurrayにSpike、僕、
Cozy
Powell、Cathy Porterだ。それからManfred
MannのChris
Thompsonがリードボーカル。僕かいくつか歌って、彼がそのほかほとんどを受け持つ。でも、それからゲストシンガーも来るんだよ。過去にはPJ
Proby、QueenのBrianとRoger、Paul Young、
Kiki Dee、 Tony Hadley、 Fish、 Mark
Shaw、Paul
Rodgersが来てくれた。僕らはちょうどShepherd's
BushのBottom Lineでの毎土曜日1ヶ月間のライブを終えたところなんだ。すごくうまくいってね。またすぐに戻ってくるつもりだよ。」
「僕はすごく面白いパプパンドも持ってるんだよ。World
Famous Red Soxって言うんだ。もしどこかで見かけたら寄ってくれよ。これはすごくカジュアルなものでね、僕達はだれかお客が大声で言ったリクエストはなんでもプレイするのさ。」
彼らは個人的なパーティーでも演奏をする。
「以前、僕らを雇いたいっていう女性からこんな電話があったんだ。彼女は自分の25歳の誕生パーティーで、シルバーがテーマになっていると言ったんだ。だから僕らはシルバーのラメスーツを借りなきゃいけなかった。彼女はMaryと名乗った。話しているうちに僕はこんな印象を受けたんだ。そのパーティーはSussexにある彼女の両親の農場で行われる。彼女も僕と同じように半分アメリカ人、ただし彼女の場合は母親の方だ。そして、家族全員ベジタリアン。彼女は仕事場の電話番号を言い残していったんだ。それで、彼女が電話を切った後、好奇心でそこに電話をかけなおしてみたら、電話の声はこう言ったんだ。「はい、MPL
Productionです。」 信じられなかったよ、彼女はPaul McCartneyの娘で、僕達は彼の家で演奏するんだ!」
「僕らは少しリハーサルをやって、ビートルズの"Birthday"を徹底的に練習した。僕は彼がそのパーティーにいる場合のことを少し心配して、MPLの誰かにそのことを確認したんだよ。果たしてそのパーティーの夜がきた。それはもうすごかったよ。PaulとLindaもその場にいて、後ろの方で立って見ていたんだ。"Birthday"になった時、僕はPaulを見た。そしたら彼はステージに上がってきたんだ。彼は本当に演奏に参加してきたんだよ。ただ、僕を盛んに引っ張ってこう言ってたけどね、「歌詞を思い出せないよ!」
最後に、プレイヤー志望の人たちになにかアドバイスを。
「とにかくプレイすることだよ。やってやってやりまくるんだ。パブでもクラブでもなんでも、人々と知り合うために、ほんの安い給料かタダででもやるんだ。次に彼らが何かやる時になって、もし彼らのいつものヤツができないって時、「ああ、アイツはどうだろう」って言ってくれるのを願ってね。それから歌うことも勉強しといたほうがいい。それはね、彼らがふたり雇わなきゃいけないところを、ひとりの人間で賄えるってことなんだよ。彼らは給料を節約できるだけじゃなくて、ホテル代や飛行機代、その他すべての経費を節約できるってことなのさ。」
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